知らぬ間に失われるとしても(53)

16.柏崎2

「旭」
 次の日、昼休みに旭が弁当を持って教室を出ようとすると、同じく昼食を手に持ってこちらに向かってきていた圭一と柏崎に廊下で出くわした。
「行く?」
「うん」
 何気ない圭一の言葉に、旭も何気ないふりをして頷く。本当は、少し緊張しながらも、自分から圭一達を誘いに行こうとしていたところだった。三人はそのまま階段を上っていつもの屋上へと出た。

 そしてそれ以降、また昼休みはまた三人で昼食を取るようになった。
 圭一が再び『旭』と呼ぶようになったので、柏崎は何となく事の成り行きを察しているようだった。旭に対しても特に何も言わなかったが、その視線が少し柔らかい気がする。
『おー、旭』
『旭、はよ』
 あれから朝の通学路や昼休みの廊下で圭一と会う度、旭は一瞬息を詰めて、圭一から名前を呼ばれるのを待つようになっていた。
 何も知らない気安さで、圭一は旭の名前を呼ぶ。その度に旭はほっと安堵する。名前を呼ばれているうちは、圭一は旭とのことを忘れていないと分かるから。
 夏休みが終わるまでは何事もなく付き合えていたのだから、記憶を再び失くしたのは、どう考えても最後の日の出来事のせいに違いなかった。もうあんな風に圭一に嫌な思いをさせないように。旭はそう心に決めていた。

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