知らぬ間に失われるとしても(51)

15.圭一の部屋3

 沈黙が続いていた。
 エアコンの動作音すら耳に入る静けさ。肌に触れる冷涼な空気と圭一の温かい体。そのどちらもが快い。
 旭は、再び圭一の腕に包まれながら、そのゆっくりと上下する胸の動きに身を任せていた。突然失われたものが再び戻ってきた、その喜びと安堵が旭の中を満たしていく。祈るように待っていた、ずっと欲しかった言葉。
 圭一が自分の返事を待っていることということにも考えが及ばないまま、旭はずっと求めていたその感触に浸っていた。
「……黒崎」
 やがて、圭一がゆっくりと旭の体を起こした。間近で目を合わせたその圭一の表情は何故か曇っていて、ようやく旭は圭一の心情に思い至る。
「あ……ごめん」
「――」
 圭一の顔がいっそう曇ったのを見て、誤解に気付く。
「あ、違う。そうじゃない」
「え?」
「だから……嫌とかじゃない」
「ほんとに?」
「うん」
「……黒崎」
 旭の肩を掴んでいた手を放し、圭一は旭の目の下を指で拭った。
「ほんとに嫌じゃない?」
「ん」
「なら……もし俺が付き合ってほしいって言ったら、お前、少しは考えてみたりできる?」
「……」
「いきなり言われても困るだろうけど。柏崎のことみたいに、少しでも受け入れる余地がありそうなら」
 そう言う圭一の声色は暗い。
「気持ち悪かったらごめん。でも、俺はお前と付き合いたい。……次の彼女ができるまでとかでもいいから」
「え?」
 予想外の言葉を耳にして旭が思わず見返した時、目に入ったのは、いつかも見た圭一の苦しそうな顔だった。
――何で、毎回そんな顔をするのに。
 彼女ができるまでなんて、今まで一度もそんな風に言われたことはなかったのに。
 もしかしてあの頃から、本当はずっとそう思っていた?
 『だって、忘れたってどうせあいつ、また悩んだ末に告白するんだろ』。
 ふいに柏崎の言葉が浮かぶ。
「もし付き合っても、お前の嫌なことはしない、絶対」
 圭一も、表に出さないだけでずっと悩んでいるのだろうか。好きになった相手が同じ男だったから? 旭がいつかまた女と付き合うかもしれないから? 
 なのに、そうやって葛藤しながら、何回忘れても、その度に何度でもこうして旭に告白しようと決意するのか。旭がいつかまた女を選ぶと思いながらも。

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