知らぬ間に失われるとしても(50)

「――ちょっ」
 咄嗟に、圭一の手が旭の体を支える。
「……黒崎……?」
 戸惑った声。掴まれた肩をそのまま押し返されるかと思ったが、その手は動かなかった。
「……いち」
「大丈夫か?」
 背中に回す勇気の出ない手で、せめて圭一の服を掴む。
「も、泣くなって。な?」
 宥めるように、再び圭一の手が旭の頭を撫でた。
 旭は動かなかった。ただ祈るように待っていた。もうないと分かっているものを、奇跡にすがるように。
「俺に怒ってたんじゃなかった?」
「……」
「そっか」
 首を振った旭に、圭一は柔らかい口調で答えた。頭を撫でていた手が動いて、背中に触れる。
「ごめんな。勝手に決めつけて」
 何度も、圭一の手が背中で動く。
「何かあった?」
「……」
「無理に言わなくてもいいけど」
 旭を気遣う優しい声。圭一の肩にいっそう強く額を押し付ける。そうやっていつもみたいに俺を甘やかして、そのままいつもみたいに、ぎゅっと俺を――
「……黒崎」
 背中を撫でていた手の動きが徐々に小さくなっていった。
「……」
「さっき、一個間違ってた」
「……」
「お前に言いたいこと、あった」
「……」
「――黒崎」
 圭一の声。きっと旭の求めている言葉をくれるはずの声。
「俺、お前が好きなんだ」
 そして、その両腕が旭の体をきつく抱き締めた。 

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