「――圭一」
「ん?」
「お前、俺に何か言いたいことある?」
一縷の望みにすがるように、旭はそう問い掛ける。
「え? 俺?」
「うん」
「お前じゃなくて?」
「うん」
「今聞いてること以外にってこと?」
「うん」
「ないよ。別に」
圭一はあっさりとそう言い切った。
「――何にも?」
「うん。何で?」
そのあっけらかんとした様は、圭一の言葉が本心であることを伝えてくる。旭は黙って首を振った。迷いすらしなかった。本当に、今の圭一の中には思い当たるようなものが何もないのだろう。旭に対する気持ちも、もう何も。
「で、お前は?」
圭一が、少しだけ口調を強めて問うてくる。
「え?」
「お前はあるだろ、言いたいこと。言えって」
「……ない」
「あるんだろ、何か嫌なことが。もういいから、隠すなよ」
段々と圭一の声が強くなる。旭の中のセンサーが振れ始める。好きじゃない、声を荒げられるのも、荒げさせるのも。それだけで不安に襲われる。どうにもできない状況に、重圧がどんどん大きくなってくる。もう逃げ出してしまいたい。ここから。この関係から。
「黒崎、おい。言えって」
圭一の苛立った声を聞いた瞬間、気付けば旭は、今までにない大きな声を出していた。
「だから、何もないって言ってるだろ……!」
一瞬だけ、驚いた表情の圭一が目に入る。旭は俯いてぎゅっと目を閉じた。
――何でお前の方がいらいらしてるんだよ。
何にも覚えてないくせに。
俺とのことなんか、全部忘れてしまったくせに。
「そうやって、いっつも勝手に決めつけて、お前の方が」
勢いに任せて全部吐き出してしまうかと思ったのに、予想外に息が詰まって言葉が途切れる。目が熱く潤んでくる。
「……俺は何も嫌だなんて言ってないのに、お前の方が、いっつも、勝手に」
「ちょ、黒崎」
俯いたままの旭の耳に、動揺したような圭一の声は遠く聞こえる。乱れた呼吸のまましゃくりあげそうになって、必死に堪えた。
「いっつも、俺の言うことなんか信じないで、勝手に……お前が」
あの時だって、俺は、俺自身がお前と繋がりたかったから、ああしたんだ。
嫌だって言わなかったのは、言えなかったからなんかじゃない。ほんとに嫌じゃなかったから言わなかったんだ。
それなのに、お前は勝手に怒って、勝手に全部捨てたんだ。俺との思い出を。
俺はもうこんなに、お前のことが好きなのに――
知らぬ間に失われるとしても(48)
