知らぬ間に失われるとしても(46)

14.川沿いの道

 その日の授業が全て終わった後、旭はいつものように少し時間を潰してから教室を出た。
 廊下で圭一に出くわさないように注意を払うのは、もう癖になっている。圭一は授業が終わったらすぐに部活に行くはずだから、もう校舎にはいないだろう。
 こうやって圭一を避けていることそれ自体が、旭の気分をいっそう暗いものにした。あの時の圭一との関係はもう存在しないのだという喪失感。圭一にもう求められていないのだと考えると、どうすればいいのか分からなくなる。圭一に会いたくない。旭の方はもう友達には戻れなくなっているのに、圭一の態度は当然のように友達としてのそれだった。いつも旭に向ける能天気な笑顔が、逆に辛い。昼休みに柏崎と話すことで少しだけ軽くなっていた気分も、いつの間にかまた元に戻ってしまっていた。
 俯きがちに校門を出て坂道を下り、家へと向かう。
 坂を下りきって川沿いの道を歩いていると、聞き慣れた声が後ろから聞こえた。
「――黒崎!」
 旭が振り返ると、少し離れたところから走ってくる圭一の姿があった。すぐに旭の元に辿り着く。少しだけ息が上がっている。
「一緒帰ろうぜ」
「……え? お前、部活は?」
「さぼった」
「え、何で」
「黒崎、お前、暇だよな」
 何故か旭の手首を掴む。
「うち来いよ」
「何で」
 さりげなく圭一の手を振りほどこうとしたが、悟られたようにより強く握られる。
――『もしまた告白されたらどうする?』。
 柏崎の言葉がそのまま期待となって甦る。
「いいじゃん。久し振りだろ、うち来るの」
 そしてその期待はすぐにしぼんだ。圭一の家に行くことは、今の圭一にとっては何の意味も持たない。
 行かない、と答えようとして、躊躇する。もしかしたらという小さな希望を捨て切れない。
「……うん」
 迷った末に旭が頷くと、圭一はいつものように笑った。 

 圭一の家まで歩く間、何でもないように振舞おうと思っていたのに、どうしても口が重くなってしまう。一人で喋っていた圭一は、その様子に気付いて言葉を止めた。
「……お前さ、今日、柏崎と昼飯食ったんだって?」
「あ……うん。何かいきなり誘われて」
 圭一からの誘いを断り続けている手前、少しだけ気まずく思いながら、旭はそう答えた。しかし圭一は特に気にした様子もなく、明るく返してきた。
「何か、いつの間にか仲良くなったよなー、お前ら」
 ほっとしたような、がっかりしたような複雑な気分と共に、どうせ今の圭一が気にする訳ないのだ、と思い直す。そんなネガティブな思考を隠すように、旭は柏崎の話題を続けようとした。
「柏崎くん、いいやつだし」
「まあな。けど、あの顔で無表情だから、何か冷たそうに見られるんだよなーあいつ」
「うん」
「あ、でもあいつ、たまにまじで冷たい返事したりもするけどな」
「そうなんだ」
「そういうのなかったら、クラスのやつらももっと話し掛けやすいんだろうけど」
「ああ、うん」
 やっぱり口数が少なくなってしまう旭に気付かないふりをして、圭一が会話を繋いでくれる。そうやって盛り上がらない会話を続けているうちに、圭一のマンションに着いた。いつものように階段で三階まで上る。圭一が開けたドアをくぐり、旭も中に入った。

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