続・偽りとためらい(41)

 コンビニの袋をローテーブルの上に置くと、鞄を床に降ろし、上着のポケットからスマホを取り出して電源を入れる。本当ならこのまま茂のデータを消してしまうつもりだった。高志はしばらくスマホが立ち上がるのを見つめていたが、結局、そのままスマホをベッドの上に放り投げた。
 ふと人の気配がして顔を上げると、いつの間にか茂が部屋の入口に立っている。目が合った瞬間、高志は視線を逸らした。
「なあ。お前、何でいきなり帰ったの」
 少し酔いの冷めたような様子の茂が、落ち着いた口調でそう高志に問い掛ける。高志は答えなかった。
「俺、何か怒らせるようなこと言った?」
「……」
「あの時話してたのって、大学院のことだよな。それとも諒子さんのこと?」
「……帰れよ」
 高志の硬い口調に、茂は一瞬口をつぐんだが、再び高志に話し掛けた。
「もし何かむかついたんなら、言えよ」
「別に何もむかついてない」
「藤代」
「……帰れよ」
 もう一度言うと、茂は「嫌だよ」と答えた。
「言ってくれないと分からないだろ。もし俺が何かしたんなら」
「何もしてない」
 本当は、頭の片隅では何かが違うのかもしれないと思い始めていた。いともたやすく再び自分を切り捨て、実家に帰るものと思われた茂は、何故か今ここにいる。あの後、わざわざ高志の家まで来て、この寒さの中でずっと待っていたのだろう。
 それでも高志は頑なに茂を拒絶し続けた。既に考えることに疲弊していた高志は、また茂に心を開いて期待を裏切られることを恐れた。
「なあ、藤代」
「……」
「こっち見ろよ」
「……」
「藤代」
「うるさい」
 思わず茂の言葉を遮る。これ以上、茂の呼び掛けを無視したくなかった。だからもう呼び掛けて欲しくなかった。茂を受け入れるのも、茂を拒絶するのも辛い。だから早く一人になりたい。この関係を終わりにしたい。
「お前が……そこまで怒るのって、よっぽどのことだろ。ごめん、本当に分からないから、俺が何したのか教えて欲しい」
「何もしてない」
「……藤代」
 途方に暮れたように、茂が高志の名を呼ぶ。高志は少しだけ口調を強めた。
「もう帰れよ」
 しん、と静まり返った部屋の中で、しばらく二人は無言で立ち尽くす。高志はじっと床を見つめたまま、ぎゅっと口をつぐんだ。
「……帰ってどうするんだよ」
 茂が冷静な声で言う。
「このまま帰って、何か解決するのかよ。さっきは電話にも出なかったくせに」
「……」
「そうやって話もしないで、俺を追い出して、それでどうするんだよ。このまま絶交するってこと?」
 高志を非難するような茂のその口調を耳にした瞬間、高志は思わず顔を上げた。
「――お前が言えたことかよ」
 真っ直ぐに茂の目を見据える。体の底から湧き上がる激しい衝動と共に、高志は硬い声で吐き捨てた。
「あの時、お前が最初に俺を切り捨てたんだろ」
 茂が驚いたように息を呑む。
「お前から絶交したんだろうが! 何も言わずにいきなり……!」
 茂の口が何か言おうとして開かれる。しかし結局、言葉は出てこなかった。何かを堪えてぎゅっと眉根を寄せている茂の表情を見て、いったん爆発した高志の激情はすぐに薄れて消えていった。力を抜いて肩を落とす。
「いきなり……いなくなったのはお前の方だ」
「藤代……」
 高志は再び目を逸らして視線を落とした。
「そんで、またそのうち消えるつもりなんだろ」
「……え?」
「そのために、家も仕事先も俺には教えないようにしてたんだろ。俺は鈍いから……今日まで気付かなかったけど」
「何……そんなことしてない」
「ほんと、お前そういうの上手いよな。お前はここも、俺の勤務先も、実家の場所も、全部知ってるのに」

PAGE TOP