続・偽りとためらい(37)

 運ばれてきた料理を取り分け、食べる。咀嚼している間にしばし流れた沈黙の後、茂が口を開いた。
「……大学院に行けばどうかって言われててさ」
「大学院?」
「うん」
 料理に視線を落としたまま、茂が話し出す。
「大学院に行って修士論文を書いたら、試験のうち二科目が免除になるっていう制度があって、それを狙うのもいいんじゃないかって」
「へえ。そんな制度もあるんだな。そっちの方が楽ってこと?」
「うん、まあ楽っていうか、試験はやっぱり運とかもあるし、一年に一回だけの勝負になるだろ。それを五科目だから、時間もかかるし」
「そっか。お前でも、あと三科目あるもんな」
「何ていうかさ。ちゃんと五科目合格してこそ本物って言う人もいるし……逆に、試験と実務は別物だから、早めに資格を取って舞台に上がったもの勝ちだって言う人もいるんだよね。……お前、どう思う?」
 そう問われて、高志は皿を持つ手を降ろした。
「どう……そうだな。大学院に行く方が、早く資格が取れるってことだよな」
「うん。修士だから二年だろ。その間にあと一科目だけ受かってしまえば、最短で二年」
「逆に、五科目全部受かる方法だと、一年に一科目ずつ受かっても、あと三年てことか」
「そう。更に言えば、一年に一科目ずつ合格っていうのは現実にはかなり難しい感じ」
「働きながらだしな」
 今回だって、学生の頃のように勉強時間が充分に確保できれば、茂は受かっていたのかもしれない。茂が落ちるということは、それくらい難易度の高い試験だということなのだろう。それをあと三科目と考えると、確かに時間がかかりそうに思える。
「お前、論文書くの得意だったしな。資格が取れたら、給料も今より上がるんだろ?」
 そう言うと、茂は少し笑って頷いた。
「うん、まあ上がるだろうな。ていうか、その気になれば自分で開業して事務所を構えることもできるようになるよ。もちろん、経験とか人脈とか必要だろうけどさ」
「ああ。そうか、そうだよな」
 もともと独立系の国家資格なのだから、将来的には自分で開業することも充分あり得るのだ。税理士の仕事が具体的にどういうものなのか高志には分からなかったが、茂なら充分こなしていけるのだろうと思った。
「将来的には開業しようと思ってる?」
「そうだな。どうせならしたいな、いつか」
「いいんじゃないか。お前なら人気が出そうだし」
「人気って!」
 自分の語彙の選択に噴き出す茂を見ながら、高志は自分なりの結論を伝えた。
「確かに五科目全部合格するっていうのも知識を身に付けるのには重要そうだけど、でもそっちの方法で資格を取っても、実務の能力が身に付く訳じゃないんだろ? そしたらやっぱり、さっき言ってたみたいに、なるべく早く土俵に上がって、なるべく早めに実践経験を積んでいく方が良さそうに思えるな。それで収入も増えるんなら尚更」
「うん……だよな」
 そう言う茂の表情は、あまりすっきりしたようには見えなかった。
「何か問題があるのか?」
「うん、問題っていうか、金銭面な」
 高志の問いに、茂は苦笑した。
「大学院の学費は、最悪、親に借りるか奨学金を利用するとしても……やっぱり、正社員で働いたままっていうのは無理だろ。早々に退職することになるし……生活費はバイトで稼ぐことになるけど、それって可能なのかなって」
 高志は、大学時代のバイト収入を思い出してみた。四回生の時ならそれなりに稼げたが、それはゼミ以外の授業がなかったからだ。修士課程ではどの程度授業があるのか分からないが、修士論文も書くとすれば、かなり時間を取られるに違いない。
「……そうか。だからボーナスは全額貯金なんだな」
「はは、うん、そう」
「何年か働いて、ある程度貯めてから行くっていうのは……」
「うん、結局それが一番現実的なんだけどな。でもそれだったら、頑張って五科目合格するのと時間的にあんまり変わらなさそうでさ」
「まあ、そうだよな」

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