続・偽りとためらい(36)

「……何?」
 ジョッキを傾けてごくりと一口飲むと、面白そうな顔をした茂と目が合ったので、高志は思わず尋ねた。
「いや、何かサラリーマンみたいだなと思ってさ。スーツ着て仕事終わりにビールって」
「みたいじゃなくてそうだろ」
「でも、頭ん中ってまだ自分ではガキのつもりだったりしない?」
「え? そうかな」
「お前はそんなことないのか。俺は自分があんまり大人になった気がしないから、目の前でそうやってスーツのお前見てると、何か感慨深いよ」
「親かよ」
「だって一年前ならさ、同じことやってても大学生のガキだったのに」
「――」
 その言葉に高志が一瞬言葉を失ったのに気付かず、茂は袋から割り箸を取り出して、お通しを食べ始めた。
 そう言えば、ちょうど一年前だった。あの時も、茂の試験の結果が出た後だった。大学近くの居酒屋に呼び出されて、一緒にご飯を食べながら、試験結果の報告を受けた。あの時の報告は喜ばしいものだった。こんな風に、個室で向かい合わせに座っていた。
 そして、その日を最後に茂と連絡が取れなくなった。
「……まあ、そう言う意味なら、確かにまだガキかも」
 間つなぎに発した高志の言葉に、茂が顔を上げて頷く。
 それでもあれから色々あって、無事に再会できて、今またこうして一緒にご飯を食べている。それは、あの頃の自分が心の底から求めていた未来だった。
――そうだ。今、またこうして一緒にいるんだ。
 そう思うのに、何となくやり切れない重さが胸の奥にあるのを自覚して、高志はすぐにその理由にも行き着いた。あの日、店を出た後の、茂とのキス。涙。今の自分が欲しいものが、あの時ならまだ存在していた。
 また強い後悔を思い出しそうになったので、高志はそれ以上考えるのを止めた。茂への恋愛感情を自覚した直後に、その気持ちは忘れて茂とはただの友達でいることに決めたのだ。こうやってたまに会って他愛もない話をしながら、友人としての関係を続けてくことができれば、それでいい。
「お前の方は、年末とかで忙しくなったりするの? 仕事」
「どうかな。多分、そこまででもなさそう」
 答えながら、また無意識に茂の顔をじっと見ていると、茂が高志の視線に気付く。ふっと苦笑したが、もう特に何も言わなかった。
「そう言えばさ、ボーナス出た?」
「ああ、この前出た。そっちも?」
「うん、出た。やっぱ嬉しいもんだな。お前、何か買う?」
「いや、別にまだ考えてないな」
「テレビ買えば?」
「まあ多分買わない」
「だよなー」
 そうだ。こうやって、たまに会って他愛もない話をしながら、この先もずっと付き合いを続けていくことができれば、それでいい。ただの友人として。
「お前は? 何か買う予定なのか」
 今度は茂の方に話を振ってみる。
「ううん、何も買わない」
「まあ、今はそんな暇ないか」
「ていうか、貯めとかないと駄目なんだよな」
「え」
 そこに店員が料理を運んできた。簡単な説明と共に料理がテーブルに置かれ、店員が去って行ったところで高志は理由を聞いた。
「何で?」
「あ、ほら、専門学校の学費とかな。今までは親に出してもらってたけど、さすがにもう働いてるし」
「ああ、そうか」
「一科目で二十万とかするんだよなー。そう言う意味でも、さっさと受からないとやばい」
「そうなのか。だったら次は絶対合格だな」
「まじ頑張るわ」
「そしたら、来年こそ奢ってやるよ」
 高志がそう言うと、茂は笑った。

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