ゼミで高志の番が回ってきた時に、高志はそれまでに興味を覚えていたテーマをレジュメにまとめて発表した。レジュメはそれほど長いものではなかったが、まとめることによって少し頭が整理され、その中で取り上げた論点の一つに絞って再度進めてみるように教授のコメントをもらった。ある程度進めてみて内容がそれなりに膨らむようだったら、そのまま卒業論文にしようと高志は考えた。
その翌週は、茂の発表の番だった。
茂のレジュメは、卒業論文を作成するための予備的な発表というより、作成途中の卒業論文そのものだった。論点が明確で構成も目次の状態で具体的に記載されており、冒頭部分は参考文献からの引用も含め相当程度まとまっていて、後半がまだほぼ白紙という状態だった。茂はこのテーマで進めたい旨を伝え、教授も承認したうえで、冒頭部分についての質疑応答や修正の指示、後半の構成についての追加点や各論点に有用な参考文献の紹介など、より具体的なアドバイスを与えていた。
「お前、時間ないのにすげえな」
感心した高志は、その日カフェに移動した後で茂に言った。
「勉強しながら、あれ作ったのか」
「ていうか、どう考えても時間足りないから、いきなり書くしかないと思ってさ」
茂は相変わらずの笑顔でそう答える。
「テーマも、考えて考えてやっと一個だけ思い付いたから、もうそれでいいやと思って」
何とか形になりそうなのは運が良かった、と茂は言ったが、普段の茂がどれだけの集中力を持って時間を遣っているのかを考え、高志は頭が下がる思いだった。
「でももう試験終わるまで、卒論はいったん置いとく。とりあえず時間稼いだ」
茂の試験は、約一か月後の8月頭だった。今は、本番さながらの演習問題や過去問を本番と同じ制限時間で毎日何問か解いているらしかった。
「何か、最初よりも生徒の人数がだいぶ減ってる気がするんだよね」
「そんなもんなのか?」
「まあ、二科目受講してて一科目に絞ったとか、色んな事情もあるだろうしな。社会人の人も多かったし。ライバルが減ったと思えばいいのかも」
「お前は二つとも受けるんだろ」
「そう。社会人とかと比べたら今は勉強する時間あるし、一応最後までやってみる」
「頑張れよ。とりあえず最後までやったやつだけに結果が出るんだし」
「合格率もさ、分母には意外と記念受験とかとりあえず受験とか含まれてるかもしれないから。実際にはもう少し高いのかもしれないと思って」
「お前は受かるよ」
高志は妙な確信を持ってそう言った。本当にそう思っていた。
「サンキュ」
茂は嬉しそうに高志の目を見て頷いた。
「頑張る」
茂の発表に刺激を受けた高志は、それから今まで以上に卒論に意識を向けた。先日の発表によってテーマは絞られたが、それが卒業論文の規定を満たすほどの量に膨らむかどうかは書いてみなければ分からなかった。茂のようにまず全体の構成を考えてみようと思い、時には茂のレジュメも見返して参考にしながら、各論点を考えられる限り具体的にしていった。きちんと文字にしてみることでより頭が整理された。そしてそれをもとに、図書館で使えそうな参考文献を探してみた。しばらくの間、部活に出た日は、必ず帰りに図書館に寄った。