偽りとためらい(32)

 すぐに運ばれてきたビールでひとまず乾杯し、肉や野菜を次々と焼いて食べながら、しばらく思い付くままに喋る。
「――そう言えば、佳代ちゃんが、藤代によろしくって」
「え? ああ、そう」
 何故今よろしくなのか分からないが、とりあえずそう返す。
「今日、佳代ちゃんと別れてきた」
「――え?」
 事もなげに言う茂に、高志は思わず網の上の肉を裏返す手を止めて、顔を上げた。
「佳代ちゃん、後期から一年間留学することになってて、今日出発だったから、空港まで見送りに行ってきたんだ」
「え……?」
「空港行ったら、当たり前だけど佳代ちゃんのお母さんも送りに来ててさ、彼氏って紹介されて挨拶した。佳代ちゃんが『今日でひとまず別れるけど』って言うから、ちょっと気まずかったけど」
 手を止めた高志の代わりに、茂が焼き上がった肉を高志の皿に入れる。それから自分の皿にも入れて、食べ始めた。高志も、何も言うことが思い付かず、再び食べ始める。
 しばらく、黙って箸を口に運ぶ。
「……そうか」
「うん」
 三名様ご来店でーす、という店員の声が遠くから聞こえる。
「……大丈夫か」
「え? うん、俺は全然」
「伊崎さんが別れるって言ったのか」
「そうだよ」
 茂は、少しだけ残っていたビールを飲み干した。
「藤代、前に言っただろ、別れるなって。その後自分でも色々考えて、佳代ちゃんがそうしたいって言い出すまで俺からは別れるとか言わないって決めてたんだ。だから、今日のは佳代ちゃんが言ったこと」
「いや、あれは俺、お前の気持ちも考えずに勝手なこと言ったって思ってて……」
「何でだよ。藤代の意見を聞いて俺、自分で考える時に参考にしたけど」
「……お前、本当に伊崎さんのこと、好きじゃなかったのか?」
 今まで何回も聞かされてきたのに、同じ疑問がまた口をついてしまう。
「うん……佳代ちゃんはすごい好きだったけど、そういう好きじゃなかった」
「お前、前に『好きって何だ』って言ってただろ。何で好きじゃないって分かるんだ」
「何でって、じゃあ藤代は何で自分の彼女のこと好きだって分かるんだよ」
 そう言われて、高志は口をつぐんだ。茂の言いたいことはもっともだった。
「伊崎さんは、お前がそういう意味では好きじゃないって、知ってたのか」
「うん……まあ、多分」
 伝えた訳じゃないけど、と呟く。
「俺、あの時本当に自分でどうしたらいいか分からなくて、ていうか自分ではどうしようもないから、俺と付き合うか別れるか、佳代ちゃんが決めたらいいって思って、それで藤代が言ったようにそのまま付き合ってた。でも多分その間に佳代ちゃんの方も色々考えてたんだろうな。本当に留学もしたかったみたいだし」
「留学のことは知ってたのか?」
「うん、選考みたいなやつに通った時に聞いてた。6月くらいに」
 グラスが空になった茂が、通りすがりの店員にビールのお代わりを注文した。高志も烏龍茶を注文する。
「藤代は俺の気持ちを無視したって言うけど、俺、お前は多分、佳代ちゃんにとって何がいいかを言ってるんだろうなって思ってた」
「……」
「だから、本当に参考になったよ」
「……そうか」
「うん。あ、あの後ちゃんとホテルにも行ったし」
 茂が冗談めかしてそう言う。
「お前、そういうことはできるのに」
 本当に好きじゃないのか、とまた言いかけて、繰り返しになるのでやめた。そこに、ちょうどさっき頼んだドリンクが運ばれてきた。
 高志は空気を変えるために、グラスを手に取り、
「まあ、とりあえずお疲れ」
と言って茂のグラスに軽くぶつけた。そして佳代の話に区切りをつけた。


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