「……伊崎さんから、したいって言ったのか」
高志の言葉に、茂が頷く。
「ここに来た日?」
茂が再び頷いた。
「嫌かって聞かれたから、嫌じゃないって答えた。でもゴムがないって言ったら、佳代ちゃんが持ってるって」
声が、少しずつ小さくなる。
「それで、シャワー浴びていいかって言われて、出てきたらバスタオル一枚で、そのままキスされて」
「……いや、詳しく言わなくていいから」
佳代に申し訳ない気がして、高志は途中で止めた。
「伊崎さんはお前が好きで、お前としたいと思って、それにお前が応えたんだろ。だったら伊崎さんも嬉しかったんじゃないか」
「ここでした。この、床の上で」
「それは別に」
「俺の服も、佳代ちゃんが脱がせた」
「……」
「俺はされるままになってて、でも佳代ちゃんの裸が見たくて、見たら触りたくて、入れたくて、中でめちゃめちゃ擦りたくて、それでゴム付けて入れた」
茂は抑揚のないまま話し続けていた。
「そしたら、佳代ちゃん」
声が詰まる。
「……痛い、って」
「――」
「初めてか聞いたら、初めてだって言った。俺、その時まで全然」
ぽたっと茂の手の甲に雫が落ちた。
「……佳代ちゃんみたいな子が、初めてなのにこんな床の上で、俺なんかと」
ぽたぽたっと落ち続ける。
「可哀相だろ、そんなの……」
静寂の中で、茂の嗚咽だけが響いていた。
高志からは、茂の顔は見えなかった。震える肩と、手の甲に落ち続ける雫だけが見えた。
「……細谷」
呼びかけたものの、続く言葉を高志は持たなかった。
「……」
それでも、高志の言葉で、茂は嗚咽を止めた。しばらく呼吸を整えてから、Tシャツの裾で涙を拭く。
「ごめん、藤代」
「……」
言葉が出てこず、せめて首を振ったが、おそらく茂には見えていない。
茂はしばらくして身を起こすと、半分だけ体をこちらに向けて座り直した。高志に横顔を見せて俯くその背中が丸い。高志はその姿をしばらく見つめていた。
「藤代」
「ん」
「……俺はどうしたらいいと思う」
静かな声で、茂は問うてきた。俯いたまま、こちらは見ない。
「……」
「お前がどう思うかでいいんだ」
答えられない高志に、茂が静かに促す。高志は考えがまとまらないままに口を開いた。
「……とりあえず、今別れるのはあり得ないと思う」
「うん」
「俺は正直言ってお前は伊崎さんのこと好きなんだって思ってたし……このまま付き合い続ければいいんじゃないかと思ってる」
言って、ああ、これでは茂の気持ちを無視している、と思った。本当はそうではないのをもう知っているのに、どうしても二人が楽しそうに話している光景を思い出すと、頭の中で上手く処理しきれない。
「ごめん、これは俺の勝手な希望」
「いい」
藤代はそう思うんだろ、と、反論する様子もなく茂は受け入れる。どういう気持ちでその言葉を口にしているのか、茂の横顔を見ながら想像しようとしても高志には分からなった。どうしても、茂の立場になって考えることができない。茂が何を考えているのか、何と言って欲しいのかが分からない。どう言われると辛いのかも。
「……あとは、今度また伊崎さんを誘って、どこか綺麗なホテルにでも泊まって、次はちゃんとベッドの上で、優しくしてこい」
半ば思考停止して、高志が思い付いたままにそう言い放つと、茂はようやく顔を上げて高志を見た。高志も茂を見る。それは無理だ、と言われるかと一瞬構えたが、茂はかすかに微笑み、頷いた。
「わかった。そうする」
その返答に高志は思わず眉根を寄せたが、その感情は、口から出るほどの言葉にはならなかった。