偽りとためらい(21)

「それで俺の話を聞こうってことなら、役に立てそうもない」
「いえ……」
「さっきも言ったけど、俺はゲイじゃない。噂ではどう言われてるのか知らないけど、そっちには全く詳しくもない」
「違います」
「何が」
「お話が聞きたいというより、お願いがあったんです」
「何だよ」
 苛立ちを隠さない高志の口調に、あかりは一瞬ひるんだようだった。
「……藤代くんに声を掛けたのは、ある人から藤代くんを推薦されたからです」
「は?」
 高志は、段々と自分の声が大きくなっていくのを止められなかった。
「誰だよそいつは。推薦って何だ。何て言われたんだよ。あいつは男が好きだからちょうどいいって?」
「あの、違います……」
「ていうか誰だって聞いてんだよ。言えよいいから!」
 こんなに声を荒げたのは数年振りだったが、高志はそろそろ自分の忍耐力の限界が来ているのを感じていた。無性にいらいらする。何もかも。わざわざこんなところまで話を聞きについてきた自分自身にも。
 しばらくの間、怯えたような表情のあかりと向かい合っていた。しかし、自分でもあっけないほどすぐに激昂は収まり、虚しさだけが残ったのを感じた高志は、あかりから目を逸らしてまたベンチにもたれた。
「多分、藤代くんが想像しているのとは少し違うと思います」
「……いいから、誰かだけ言えよ」
「直接藤代くんと言われた訳でもなくて、しばらく経ってそれが藤代くんだと分かった感じです」
「意味が分からない」
「その人には好きな人がいて……言われました。その『好きな人』に頼んでみたらいいって」
 一瞬、鼓動がはねた。
「その『好きな人』が誰なのかまでは、その時は分かりませんでした。分かったのはつい先日で、それで今日が最後の機会だと思って」
「……誰だよ、それ」
 高志は、浅い呼吸を悟られないようにしながら、なるべく平坦な声を出した。
 まさか、あいつが――
「あの……言えません」
 すみません、とあかりが頭を下げる。
「……女? 男?」
 そんな質問が普通に考えれば不自然だということも分かっていたが、高志は聞かずにはいられなかった。そしてその質問をする時点で、答えが分かっている自分にも気付いていた。
 あかりは、黙ったまま高志を見ていた。
 高志もあかりを見た。見ながら、点と点が繋がったように思い出した。自分が、あまり話したこともないあかりについて、何故か悪い人間ではないと思っていた理由を。あいつとの会話で、たまにその名前を聞いていたからだということを。

「……藤代くん、明日は時間ありますか?」
 あかりがベンチから立ち上がりながら言った。
「話の続きはその時にしませんか。都合が悪ければ、明後日でも明明後日でも構いません」
「……今言えよ」
 あかりは首を振った。
「明日の14時は大丈夫ですか?」
「……うん」
「では、J駅の改札前でお願いします」
 今日はすみませんでした、と言い残して、あかりは先に歩いていった。

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