偽りとためらい(16)

第5章 一年次・10月

 『一人暮らしすることになったよ』と遥香からラインが来たのは、10月中旬のある夜だった。
 遥香は電車で一時間半ほどかかる大学に通っている。通えない距離ではないが、たまに「遠い」とか「早起きが辛い」といった話を聞いていたので、前から考えていたのだろう。『いつから?』と返事を送ると、『来月から』『また日曜日に話すね』と絵文字付きで返ってきた。
 了解の返事をしながら、高志は夏休みに遥香が泊まりに来た時のことを思い出していた。可能なら今度は自分が泊まりに行きたい。が、もし女性専用マンションの類であれば難しいかもしれない。
 日曜日に確認してみると、特に制限のない普通のワンルームマンションということだった。ただ、一人暮らしするにあたって遥香の両親が提示した条件というのが、オートロック付であることと、週末は実家に帰ってくることことの二つであるらしく、毎週日曜日には今までと変わらず地元で会うことになりそうだった。目論見が外れた高志は少しがっかりしたが、遥香は高志も部屋に来ることが前提のような口振りで話をしてきたので、やはり少しは楽しみになってきた。
 遥香の家庭はどちらかといえば厳しい方らしく、高志は遥香の両親に会ったこともなければ家に入ったこともない。おそらく自分と付き合っていることも、遥香は親には話していないだろう。ただ、高志も遥香のことを特に家族に話していないのは同じで、隠している訳ではないが、自分の恋愛事情についてわざわざ話すような家族関係でもなかった。
 ある時、高志はふと思い付いて、自分はイケメンかと遥香に聞いてみた。自分ではそう思わないし言われたこともなかったからだが、遥香は笑い出して、誰かに言われたのかと問うてきた。更にそれは女かと聞かれたので、男に言われた、と言うと、遥香は何故か満足そうに頷き、高志は女の子にモテるよりも男から慕われそうなタイプだ、と言った。
 11月はちょうど学園祭シーズンで、高志の大学では第一週に、遥香の大学ではその次の週に開催されることになっていたが、柔道部としてのイベント参加等はなく、高志も特に予定はなかった。そしてそれは遥香も同じらしく、授業のないその期間を利用して引っ越しをする予定だと言った。学園祭の順番が逆だったらその間に一回くらい泊まりに行けたなと高志は思ったが、口には出さなかった。

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