知らぬ間に失われるとしても(36)

12.圭一の部屋2

『明日、うち来る?』
 前日に、圭一は旭の意思を再確認するようにラインを送ってきた。既に腹をくくっていた旭は、『行く』とだけ返した。
 その日も家で昼食を済ませた後、旭は念の為シャワーを浴びてから圭一のマンションへ向かった。インターフォンを押すとすぐにオートロックが解除される。
「――おう」
 階段を昇ると、圭一が玄関のドアを開けて待っていた。軽く挨拶を交わして、中に入る。お互いに何となく口数が少ない。旭を先に部屋に通して、圭一はいつものように飲み物を取りに行った。
「――サンキュ」
 床に座ったまま、手渡されたマグカップを受け取り、一口飲む。圭一も床に腰を下ろした。しばらく沈黙が流れる。
「……明日からまた学校だな」
「うん」
「……」
 会話はすぐに途切れて宙に浮く。旭はもう一口お茶を飲んだ。圭一もカップに口をつける。
「――旭」
 顔を上げると、圭一はカップを床に置いて、真正面から旭を見た。お互いに、今日ここにいる意味を理解している。今さら身の入らない会話を続ける意味も余裕もなかった。
「嫌じゃない?」
 ここで「何が」と聞き返すほど無神経ではないのだけれど、ただ、圭一が具体的にどこまでを意味して言っているのか分からなくて、旭は少しだけ躊躇した。
「もし嫌だと思ったら、言うから」
 はっきりとは分からないまま、何とかそう言うと、圭一は少しだけじっと黙り込んでから、やがて体を起こし、ベッドに腰掛けた。そして体の横でシーツをぽんぽんと叩く。それを見て旭も立ち上がり、圭一の横に座った。
「旭」
 何気なくシーツの上に置いた手に、圭一の手が重なる。
「まじ、嫌だったらちゃんと言えよ」
 それから顔が近付いてくる。いつものように、最初は軽く触れる唇。すぐに離れる。
「そしたらちゃんとやめるから」
「分かった」
「お前に触りたい」
「……うん」
 答えるか答えないかのうちに強く引き寄せられ、再び唇を押し付けられた。圭一の余裕のなさが表れているような激しいキス。ぬるぬると動く舌。何度も触れたその感覚を旭はもう覚えていた。
 肩に置かれた手の圧が徐々に強まって体が傾き、そのまま押し倒されるのかと思ったが、寸前に圭一は顔を離した。その表情を確認する間もなく、ぎゅっと抱き締められる。
「……旭」
 圭一の気持ちが伝わってくるような声。旭は上ずってくる呼吸とともに、圭一がもっと先まで自分を求めてくるのをただ待った。

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