知らぬ間に失われるとしても(6)

 旭は静かに混乱していた。
 何か言った方がいいのかもしれない。でも何を? いいんじゃない、とか何とか? そもそも、いいとか悪いとか言う権利も別になくないか?
 旭に考える余地があるとすれば、旭自身がどう思い、どう反応するかだけだ。とりあえず、親友が実はゲイだったとして、それは自分にとってどういう意味があるのかってことだよな。付き合いを考え直す? そこまでのことか? 圭一の恋人が男だったとしたら……未だにうまく想像ができないけど。でも多分、やっぱり何の問題もないような気がしなくもない。多分。
「それで、俺の彼氏さ」
 考え込んでいるところに明るい声で話し掛けられ、はっと顔を上げた先に見えたのは、口の端を少しだけ上げて旭を見つめる柏崎の顔だった。普段の無表情に、少しだけ表情が生まれる。
「はは。――俺の彼氏、大学生なんだ。二つ上の先輩」
「えっ?」
 思わず声を上げた旭を、おどけたように眉を上げて柏崎が見返す。圭一が横から能天気に口をはさむ。
「黒崎、何でそんな焦ってんの?」
「――原もたいがい鈍いよな。な、黒崎くん」
「俺? 何で俺が関係あるんだよ」
「黒崎くんは俺の噂知ってたってことだよな」
 問われて、旭は黙って頷いた。
「そんで気を遣ってくれてたんだろ、多分」
「へえ。そうなのか」
 圭一の間の抜けた返答に、柏崎が呆れたように返す。
「お前、まだ理解してないな」
「何を」
「だーから、黒崎くんは、俺の相手がお前だって思ってたってことだよ」
「……はあ!?」
 やっぱり分かってなかった、と呟く柏崎と、目を見開いている圭一。
「全然違うから!」
「もう分かってるって」
「黒崎、お前そんなこと思ってたのか」
 柏崎のつっこみを無視して、圭一は真剣な顔でそう問うてくる。
「いや……別に、信じてたわけじゃないけど」
 柏崎がゲイらしいという噂。
 更に、いつもは独りでいることの多い柏崎が最近はクラスメイトの一人とつるんでいるらしい、という目撃情報。
 そしてそこから当然のように生まれる、無責任な推測。
「黒崎くんだけじゃなくて、みんなお前のことそう見てるんじゃね」
「いや、みんなってことは」
 咄嗟にそう否定してみるが、むしろ噂の存在を認める結果となってしまう。
「あ、やっぱ言われてた?」
「ああ……まあ適当な感じで。でもそんな本気っぽくはなかったけど」
「まあ原だもんな」
「俺だから何だよ」
「もしこれが俺と黒崎くんだったら、もうちょっと信憑性あったかもってこと。ビジュアル的に」
 適切なコメントを思いつかず、旭は黙ったまま聞くに徹していた。その代わりに圭一があっさりと否定してくる。
「駄目駄目。別れたかもしんないけど、こいつ一応彼女いたからな」
「あ、そうだった。駄目だね黒崎くんは」
 そう言って柏崎は軽く首をすくめる。それから残っていた最後の一口を口に入れると、ごみをまとめてから勢いよく立ち上がった。
「ん? どした」
「やっぱ足りないから、もう一回購買行ってくる」
「ええ?」
「原、俺そのまま教室戻るから」
 そして旭に向かって「じゃね、黒崎くん」と声を掛けると、柏崎はそのまま屋上を出て行った。

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