続・偽りとためらい(32)

 高志の部屋に着く頃には、希美はいつもの様子に戻っていた。
「高志くん、先に着替えていいよ」
 希美はそう言いながら鞄を置いてジャケットを脱ぐと、早速キッチンのシンク前に立つ。慣れた手つきで包丁を取り出し、まな板を水で濡らす。
 高志はクローゼットを開けてスーツを脱ぎ、部屋着に着替えた。それからキッチンに行き、希美の隣に並んで立つ。と、包丁を手にして下を見たままの希美が、「違うから」と言った。
「え?」
 手を洗いながら何気なく希美を見ると、泣いている。少しだけぎくっとしたが、すぐに希美が能天気な口調で言う。
「玉ねぎがね」
「ああ。しみた?」
「うん」
 顔をしかめたまま、薄目を開けて玉ねぎを切り続けている。
「洗ってきたら?」
「うん。切り終わったら」
「代わろうか」
「いいよ。高志くんまで泣いちゃうよ」
 ほどなく切り終えた希美は、まな板から鍋の中にざっと玉ねぎを移した。油も入れて、火を点け、火加減を調節する。
「これ、ちょっと炒めといてくれる?」
「分かった」
 高志が菜箸を持つと、希美は洗面所に目を洗いに行った。高志が適当に鍋の中をかき混ぜていると、火が通り始めた玉ねぎがぱちぱちと弾けるような音を立て始める。しばらくして戻ってきた希美は、同じくスーツから部屋着に着替えていた。
 それから、再び希美は包丁を手に持ち、次々と野菜を切っては鍋に入れていった。高志は言われるままに鍋の中をかき回しながら、それらを炒めた。
 最後に肉を入れ、ある程度火が通って色が変わるまで炒めると、希美はカレールーの外箱の説明書きを確認して、規定量の水を入れてから蓋をした。
「十五分煮込んでからルー入れるって」
「十五分な」
 高志は念のためスマホを持って来てタイマーをセットした。希美は引き続きサラダ用にトマトときゅうりを切って皿に盛り付け、更にりんごの芯を除いてから適当な大きさに切って別の皿に並べる。
「皮むかないんだな」
「あ、むいた方が良かった?」
「いや、別にどっちでもいいけど。むかないんだと思っただけ」
「皮に栄養があるって言うしねー」
 その流れで果物の食べ方など何でもないことを話しながら、キッチンで立ったまま、二人はスマホのタイマーが鳴るまで待った。十五分経ったところで、希美がいったん火を止めてルーを溶かす。それからもう一度火を点けた。その間に高志はレトルトのご飯を電子レンジに入れ、二人分温めた。
「じっくり煮込んでないけど、いっか」
 希美が再びそう言って、火を止めた。それから、高志が皿に盛っておいたご飯の上に、できたばかりのルーをかける。
「よし。食べよ!」
 準備したものを全てローテーブルに運んで、二人は食べ始めた。

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