第6章 9月-自覚
「――お前が、いつも俺のこと変に持ち上げて人に話すからさ」
茂に不信感を与えないように、それだけを考えて、高志は口先だけで言葉を繋いだ。
「いざ見せても、がっかりさせるだけだろ」
「そんなことないよ。ほんとにイケメンじゃん」
茂がスマホの画像をあらためて見ながらそう言う。今の高志になら分かる。きっと彼女は、結局のところ茂の見事な笑顔にしか目が行かないだろう。
自分の気持ちを自覚した高志の頭の中には今、絶望にも似た衝撃と、諦めと、混乱があった。明らかにおかしいと思っても、いったん自分で認めた感情は、今更他のものにすり替えようがなかった。
「まあでも、知らない人のスマホに自分の写真があるのって、確かに気持ち悪いかもな」
茂はそう言って、「ごめんな」と再び謝ってきた。
「帰ってから見せるだけならいい?」
「……別に、見せたって送ったっていいから」
喉元が詰まった感じがして、上手く言葉が出てこない。高志はごまかすためにチューハイを飲んだ。それから無意識に溜息をついた。
「……藤代」
茂が遠慮がちに呼び掛けてくる。高志は無理やり口角を上げた。
「ん?」
そして、茂が次の言葉を口にする前に、高志は敢えて明るく言った。
「なあ、ついでにそれ、俺にも送っといて」
「え、あ、分かった」
頷いた茂は、その場でスマホを操作する。やがて、部屋の隅で充電器に繋いでいた高志のスマホが鳴った。
「サンキュ」
高志ができる限りの穏やかな表情を作ってそう言ったのに、茂の顔に笑みはなかった。真顔で自分を見つめる茂の顔に、高志はやはり目を奪われた。自分の目を惹きつけてやまない、たった一人、特別な人の顔。
「――細谷」
「え?」
「もう一本飲む?」
振り切るように高志はそう言うと、立ち上がって冷蔵庫まで行く。ビールとチューハイとを一本ずつ取り出して、また座卓に戻った。本当は高志のチューハイはまだ残っていたが、飲み終えたふりをした。多分、茂のビールもまだ残っているはずだ。
「あ、うん」
それでも、高志の意図を察したように、茂は素直に受け取る。
「さっきの、まじで送っていいから」
高志がもう一度そう言うと、茂は「いや、やめとく」と首を振った。
「でも、もし彼女ががっかりしても、お前のせいだからな」
冗談ぽくそう言うと、
「だから、しないって」
と茂がむきになって言い張る。
「お前、昔もサークルのやつらに適当なこと言ってたしな」
「何でだよ。あいつらみんな実際に藤代に会って納得してただろ」
茂が新しい缶のプルトップを開ける。高志は明るい口調で言葉を続けた。
「ていうか、お前があんまり言うからさ、俺、昔、元カノに俺がイケメンかどうか聞いたことあるんだけど」
「ええ?」
ようやく、茂が楽しそうに表情を変える。
「何て言ってた?」
「思い切り笑ってた」
そう答えると、茂も声を上げて笑った。
「まじか。なあ、それって何て言って聞いたんだよ」
「だから、『俺ってイケメン?』って」
茂が更に爆笑する。
「お、お前、よく聞けたな」
「今考えると頭おかしいやつだよな」
茂の笑った顔を見ながら、内心の動揺を押し殺して高志も笑う。茂に変に気を遣わせないように、違和感を悟られないように、それだけを心掛けていた。