知らぬ間に失われるとしても(87)

 旭は体を離し、力を込めて圭一の体をベッドの上に押し倒した。それからベルトに手をかける。制止しようとする圭一に構わず、手早くそれを外すと、下着ごと一気に全てを脱がせた。
「ちょ、旭!」
 さっきよりは萎えているそれを握ろうとしたが、圭一に手首を掴まれる。
「やめろって」
「何で?」
 逆の手を伸ばすとまた止められる。その力は強くて、動かそうとしてもほとんど動かせない。本気らしい圭一の抵抗に、旭は諦めて力を抜いた。それを感じた圭一も、旭の手首から手を離した。
 溜め息をついて俯きがちに目を逸らすと、圭一が慌てたように弁解する。
「あ……違う。やりたくないんじゃなくて」
 旭はベッドの端に座り、圭一に背を向けて、床に足を下ろした。
「やった後……万が一、また忘れてしまったら嫌だから」
 少しだけ振り返ると、困ったような顔の圭一と目が合う。すぐにまた視線を前に戻す。
 俯くと、服を着たままの自分の下半身が目に入った。
――圭一からは、きっとしてこない。
 旭は黙ったまま自らベルトを外して、前を寛げる。少しだけ腰を浮かせて、そのままゆっくりと全てを脱いだ。
「……お前が俺のこと好きだって、俺はちゃんと分かってる」
「え……? うん」
「じゃあ、俺がお前のこと好きだっていうのは? 分かってても、半分くらい?」
「え……いや」
「ちゃんとセックスしたら、分かる?」
「――」
「それ以外で、どうやったら伝わる?」
 体を起こして圭一の方に向き直る。何もまとわない自分の裸体を晒し、圭一の前に膝をつく。
「いや……ちゃんと分かってるから」
「じゃあ何でやろうとしないの」
 真っ直ぐに目を見てそう言っても、圭一はなお逡巡している。
 旭は小さく溜め息をつくと、再びベッドから降りた。
「お前がそこを信じ切れなかったら、また俺のこと忘れちゃうんじゃないの」
「え?」
 床に置いた自分の鞄を開けて、中を探る。それを見た圭一が慌てて引き留めようとする。
「ちょ、待って、旭」
「違うって」
 裸で帰る訳ないのに。思わず少しだけ笑いながら、旭は鞄からタオルを取り出して立ち上がった。
「風呂貸して」
「え、あ……うん」
 まだ何か言いたそうな圭一を残し、旭は部屋を出た。

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