知らぬ間に失われるとしても(75)

「旭」
「ん?」
「俺、もう絶対にお前のこと忘れないから」
「うん。もう忘れんなよ」
「忘れない」
「うん」
 何の確証もないことを約束する。
 また圭一から名字で呼ばれたら、その時自分はどう思うだろうか。
 この充足を経て繰り返すそれは、今までよりは楽に思えているだろうか。それとも、いっそう悲しみが強くなっているのだろうか。
 同じ圭一なんだから、どんな圭一でも全てを受け入れることができたらいいのに。
「――もし、お前がまた俺のこと忘れたらさ」
「だから忘れないって」
「うん。でももし忘れたらさ。……またお前から告白してきて」
「するよ。絶対」
「待ってる」
「忘れないけど、万が一忘れたら、絶対する」
「うん」
「絶対お前のこと好きだから」
「うん。知ってる」
 それから、また二人とも無言になった。
 圭一に抱き締められていた時に旭が感じていたあの呼吸のかすかな動き。今、圭一も感じているのかもしれない。胸の中の圭一に伝わるように、旭は規則的に息を吸って、それから吐いた。圭一の髪をゆっくりと何度も撫でた。
 しばらくして、圭一の頭が少し動く。
 そして、その舌がぺろっと旭の乳首を舐めた。
「……」
「……ふっ」
 一拍遅れた後、小さく噴き出す。
「……ごめん」
 くくくく、と小刻みに揺れながら、旭は妙に長い時間、笑い続けた。夜だからか、泣いたからか、少しおかしなテンションになっている。
「何か、目の前にあったから」
「いいよ別に」
 笑いながらそう言うと、圭一はまた少し動いて、みぞおちの辺りにキスしてくる。旭も圭一の髪に唇で触れた。
「……する?」
 何となくそう聞いてみたが、聞く前から答えは分かっていた。圭一はゆっくりと首を振って、また頬を旭の胸に押し付ける。
「しない」
「ん」
「……また忘れてしまったら嫌だし」
 口では何と言ってても、圭一だってやっぱりそれを怖れているのだ。避けられない、意志の力ではどうしようもない、それ。
「今はこのままで充分な感じ」
「ん……そうだな」
「うん」
 頷いた圭一の髪が、さり、と胸を撫でる。
「――なあ、圭一、俺さ」
「ん?」
「お前と付き合うの三回目だけどさ。……今が一番嬉しい」
「――」 
 ぎゅっと、背中に回された腕に力がこもる。
 旭の胸に顔を伏せたまま、圭一がもう一度頷いた。変わらず旭の胸にかかる息が、ほんの少し乱れ始める。
 何度か圭一の体が小さく震えたが、旭は気付かないふりをした。息をひそめて、伝わってくるその小さな動きや息遣いに注意を向ける。ゆっくりと同じ間隔で圭一の背中を撫でながら、何も言わずにただ待っていた。圭一が安らぎを取り戻して、その呼吸がまた元に戻るまで。

 そうやって胸の中に圭一の存在を感じているうちに、いつの間にか、旭は眠りに落ちた。

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