知らぬ間に失われるとしても(70)

19.告白

 布の中で体を丸め、こみ上げてくるままにひたすら泣き続けていると、そのうち徐々に涙も止まり、呼吸も落ち着いてきた。
 少しだけ冷静さを取り戻した旭は、タオルケットから顔を出した。電気がついたままの部屋には誰もいない。そう言えば明るいままでやってたんだな、と変なことに気を留める。
――ああ。明日から、またやり直しか。
 久し振りにこんなに泣いたな。子供みたいに。いや、この前も圭一の前で泣きそうになったんだった。あの時も、俺が泣きそうになると圭一は何だかすごく狼狽えてた。今日だって、めちゃめちゃ怒ってたのに、すぐに困ったように優しくなってた。
 だから分かってる、圭一がちゃんと俺のこと好きなんだってことは。
 ていうか、思わず口走ってしまったんだよな。圭一の記憶喪失のこと。言わないつもりだったのに。でもそれももういいか。
 もう、何だか全部どうでもいい。自分にはどうしようもないのだから。

 そのまま放心したように横たわっていると、やがて部屋のドアが開いた。見上げると、こちらを見下ろしていた圭一と目が合った。
「……旭」
 その口調は普段とあまり変わらないように思えた。そして少しほっとしているようにも聞こえた。圭一は既にTシャツとジャージを身に着け、手にタオルを持っている。
「えと、タオル、濡らしてきたから……服着る前に拭く?」
 タオルが差し出される。そう言われて、旭はとりあえず体を起こした。
「それか、もう一回シャワー浴びる?」
 黙ったまま首を振る。手を伸ばしてタオルを受け取ると、それはちゃんと温かかった。
「なあ……」
 ふと思いついて、旭はそのタオルで先に顔を拭いた。
 圭一は旭から少し離れたところに膝を下ろし、聞くか聞くまいか迷っているように遠慮がちに声を掛けてくる。顔をさっぱりさせた旭は、タオルが冷めないうちに下半身も拭き始めた。タオルケットの中で少し腰を上げ、前と後ろのぬるぬるとしたジェルを拭い取っていく。
「さっきは何か色々嫌なこと言ってごめん」
「ううん」
 首を振って答える。圭一が謝ることじゃない。
「俺が、お前のことを好きって言ったのに、何か忘れてる? って言ってた?」
「……うん」
「それって、もしかしてお前の失恋に関係あること? 俺が邪魔したとか?」
「違う」
 記憶に欠落のある圭一は、当然、物事の理解の仕方も旭とは全く違う。圭一の目に見えている出来事を集めて推測したら、そういう結論になるのだろう。
「失恋とかじゃないし、誰とも付き合ってない。……ていうか、俺はお前と付き合ってた」
「……は?」
「そんで、お前はそのことを忘れた」
「……」
 圭一は、飲み込めないような表情で旭を見つめている。拭き終わった濡れタオルをどうしようかと少し考えていると、圭一が飲み物を持ってきたお盆が目に留まった。
 体を拭いた面を注意深く内側にして畳み直してから、旭は体を伸ばしてそこにタオルを置いた。

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