知らぬ間に失われるとしても(59)

17.ドライヤー

 再び柏崎のスマホが震える。画面を見た柏崎は、鞄を持って立ち上がった。
「来たみたい」
「ああ」
 玄関に向かう柏崎の後に続き、旭と圭一も廊下を進む。靴を履いた柏崎が振り返った。
「じゃあ、悪いけど」
「おう」
「先輩によろしく」
 会ったこともないのについそう言った旭に、柏崎は「分かった」と返し、軽く手を上げてから出ていった。

 扉が閉じるまで見送った後、圭一が手を伸ばして鍵を閉める。振り返ったその顔は、さっきの話を忘れたように明るく微笑んでいた。
「どうする? もう一回ゲームする?」
「……」
「ん? 嫌?」
「あんまり……今日はもういいかな」
「ふうん。そっか」
 リビングに戻ると、さっきまで気にならなかったテーブルの上の散らかりが目についた。いったん二人で片付けてから、どちらからともなくもう一度ソファや床に座る。
「柏崎くんとこ、仲いいな」
 何となく、思っていたことが口に出た。
「ああ。彼氏と?」
「うん。迎えに来てくれるなんて優しいよな」
「まあな。今日はちょっと邪魔されたけどなあ」
「でも、柏崎くんもこの面子だとちょっとやりにくいかも」
 さっきまでプレイしていたゲームを取り出しながら、「そうだけど」と圭一が呟く。
「でもお前はがっかりだろ」
「まあ……え、何で?」
「だってお前、柏崎のこと好きじゃん」
「そりゃ好きだけど。何でお前いっつもそれ言うの?」
「え? いっつも言ってる?」
 聞き返されて、言われたのは付き合ってた時だっただろうか、と少し考えた。何回か言われたような気がするけど、圭一が覚えていない時期かもしれない。
「まあ、たまに言ってる」
 圭一は取り出したソフトをケースに入れて閉じた。ぱちん、と音がする。
「もし柏崎がいなかったらさ、お前、俺と付き合おうと思ってなかったかもだろ」
「んー……どうかな」
「ていうか俺も、お前のこと好きだって自覚してなかったかも」
「あ、そうなんだ?」
「うん。お前に彼女できて、最初はただ友達を取られたみたいな気がしてた」
「ああ……」
「でも柏崎と同じクラスになって、それで初めてあいつの噂聞いてさ。俺もそうなのかもって思って」
「それで話し掛けた?」
「うん」
 圭一はテレビの下にゲームソフトをしまった。それから旭の方を振り向く。
「彼女と別れてたって聞いて、しかもお前、柏崎となら付き合うかもとか言うから……それから、ずっと告白してしまおうか悩んでた」
「俺が男だってことは気にならなかった?」
「そりゃなったよ。ついこの前まで女と付き合ってたってことはゲイだって可能性もないし」

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