知らぬ間に失われるとしても(26)

9.ショッピングモール

 テストが終わり、夏休みまでの残りの授業を消化試合のように過ごす。返ってきた答案の点数はどれもそれほど悪くなかった。圭一と毎日勉強した成果だろう。
 生活は以前のように戻り、圭一と過ごす時間も減った。午後の授業がある間は、相変わらず柏崎も含めて三人で昼食を取った。
 夜に一人で部屋にいる時、たまに圭一とのキスを思い出す。あの触れ合いの時間が失われて、旭は率直に寂しさを覚えていた。圭一との関係は、元カノとのそれよりもずっと付き合っているという実感がある。旭の憧れていた、たった一人の特別な存在とも言えるような。
 ただ、圭一のことが好きなのかと言えば、未だに旭は自分の気持ちをつかみかねていた。恋愛感情ではない、と思う。圭一が旭に触れる度に必死に興奮を抑えているのを思い出して、そこに自分との決定的な違いを実感せずにはいられなかった。
――試してみる、って言ったけど。
 圭一はどう思っているのだろう。まだ試している途中だと思っているだろうか。試している間はこれ以上進もうとはしないだろうか。圭一自身の気持ちを押し殺してでも。
 もし進みたいと言われたら、どうすればいいだろう。
 素直に了承できるとはとても思えないのに、圭一のことを思い出せば断ることもできないような気もした。セックスしてしまえばもう後に引けなくなる気がして怖い。
 でもだからといって、やっぱり無理だと結論を出して、今さら圭一とただの友達に戻れるだろうか。

 放課後を別々に過ごすようになってから、圭一は夜にラインをくれるようになった。もしかしたら少し前に旭が拗ねたのを気にしているのかもしれない。
『何してんの』
『動画見てる』
『エロいの?』
『アホ』
 そんな他愛もない短い会話をする。お互いの気配さえ感じられれば、それ以上は続けない。いつも短く終わるのが常だった。

 試験が終わってすぐの土日は、圭一の試合だった。
 日曜の夕方に『負けた』とメッセージが来た。何と返していいか分からず、旭は当たり障りのない言葉を選んで返した。
『残念だったな』
『ヒット打った』
『すごい』
『明日は部活休み』
 そのメッセージを読んで、一瞬で気分が浮き立つ。久しぶりに圭一と遊べる。すぐに『わかった』と返した。
 しかし、直後にはっとする。もし、また圭一の部屋に行くことになったらどうなるんだろう。勉強することもなく、何時間も圭一の部屋に二人でいたら。最後に圭一の部屋に行った日のことを思い出してしまう。
 あんな風に、圭一の唇がまた触れるんだろうか。
――圭一の唇が、次は鎖骨よりもっと下に触れるんだろうか。

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