偽りとためらい(33)

第11章 現在

 翌日、指定されたとおりの時間に待ち合わせ場所に向かうと、あかりはすでにそこにいた。
「こんにちは」
「……うす」
 昨日の会話を忘れたかのように普段どおりに接してくるあかりに対して、高志は昨日の会話のせいで気まずい思いを拭い取ることができないままだった。
「とりあえず、二人で話ができるところに行ってもいいですか」
「任せる」
 あかりが歩くままに、高志も横をついていく。並んでみて、あらためてあかりがかなり小柄なのを実感した。頭が高志の肩まで届いていない。
「昨日は色々と失礼なことを言ってすみませんでした」
「ああ」
「今日も失礼なことを言ってしまったらすみません」
「……とりあえず、俺はゲイじゃないから」
「はい、分かりました」
 あかりがこちらを見上げて少し笑う。調子が狂う。
 あいつは、あかりについてどんな話をしていたのだったか。確かサークル関係でどうとか、そういう感じだったと思うが、よく覚えていない。そして、あかりが誰から高志のことを聞いたのかを言わないうちに、あかりにそれを聞く訳にもいかない。
 考えながら歩いていた高志は、あかりが入ろうとした建物を見て、立ち止まった。
「ここ、入るの」
「はい」
「何で」
「二人で話をするのにいいと思ったので」
 それなら、カラオケボックスでも個室の居酒屋でも人気のない公園でも、他にいくらでも候補地はあるのではないか。何故、ラブホテルに。高志はしばらく立ち尽くした。
 とはいえ、中で何かがあるとも思えない。自分に全くその気はないし、あかりも少なくとも腕力的に高志に何かをすることは難しいだろう。そしてあかりが突拍子もないのは、昨日で充分理解した。
 結局、高志は黙ってあかりの後について中に入った。

 部屋に入ると、あかりはベッド付近まで進み、荷物を置いて上着を脱いだ。高志はなるべくあかりと距離を取るようにしながら、同じように上着を脱ぎ、壁際のソファに座る。あかりは高志の方を向いて、ベッドに腰かけた。
「それで、昨日のお話の続きをしてもいいですか」
「うん」
「昨日も言ったとおり、私は小説を書いています」
「何か変なやつだろ」
 あかりは面白そうに高志を見てから、「ボーイズラブです」と頷いた。
「それで、もっと書いてみなさいと言われているのですが、一つ言われたんです。もっとベッドシーンを増やした方がいいって」
 高志は無意識に顔をしかめる。そのシーンも、それを書くあかりも想像したくない。
「何でそんな小説を書くんだ」
「真っ向から否定しますね」
 あかりはまた面白そうに笑いながら、「人気があるんです」と答えた。
「普通に男女の恋愛を書けばいいだろ」
「藤代くんは真っ当ですね」
 笑いながら言うあかりに揶揄されたように感じ、高志は口をつぐんだ。
「でも、それが男女でも、あるいは男同士でも同じで、私はそういうシーンを書くのが苦手というか下手なんです。そしてそれは主に私の理解不足に起因します」
 笑顔を消し、あかりは視線を落とす。
「経験不足と言ってもいいと思います。誰かを好きになる気持ちは分かりますが、誰かに抱かれる身体的な感覚やその時の気持ちがよく分かりません」
 それを聞いて、高志は昨日あかりが自分の耳元で言った言葉を思い出した。

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